多磨霊園のまめ知識 > 知っていますか?多磨霊園 > 多摩霊園の歴史(2)

多摩霊園の歴史(2)

1963年に新規区画を作ることが廃止されましたが、1962年には「芝生墓地」が、1993年には「壁型墓地」が造られ、「みたま堂(ロッカー式納骨堂)」や合同式墓地(お墓を守ってくれる人がおらずとも、永遠に管理してもらうことができるお墓のこと)などもでき、多くの死者が眠ることができる様になっています。

東京に限らず、人の多い大都市では「亡くなった人を葬る場所」を探すことが難しいとされていますが、多摩霊園では「少ない土地を最大限に利用して、一人でも多くの死者が眠ることができる様にする」ための工夫が凝らされています。

多摩霊園には数多くの著名人が埋葬されており、そのことも多摩霊園の歴史の深さを感じさせる一面となっています。

歴史の深い多摩霊園ですが、墓地として利用されている他にも、広大な緑地にたくさんの桜の木が植えられ、人が訪れやすい工夫が凝らされていることが解ります。

人々が多く訪れることは、故人の魂の慰めにもなります。

こうした配慮も、多摩霊園が歴史の中で重んじられてきた理由なのかもしれません。

多磨霊園のまめ知識は、多磨霊園のまめ知識について解説しています。

多磨霊園のまめ知識Pick!:公募しています(2)

多磨霊園への応募を無料で代行してくれるサービスを行っているところもある様です。この様なサービスは墓石を販売する業者が行っている場合も多く、抽選に受かった場合はここで墓石などを選ぶことが可能です。抽選の・・・・






ご注意ください

当サイト『多磨霊園のまめ知識』の文章や画像等の無断転載、複製・配布等は固くお断りいたします。このサイトに記載されている内容もしくはリンク先で発生した賠償・苦情・損害等のトラブルについては、何ら責任を負いませんのでご了承ください。