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染井霊園

東京都豊島区駒込にある染井霊園は、他の七箇所ある都立霊園と比較して一番小さい霊園です。

染井霊園の歴史は、明治政府が推奨した「神仏分離政策(神社から仏の名残を無くそうという動き)」から始まります。

この「神仏分離政策」の中で、明治政府は「神式の葬儀」を強く推していましたが、お墓のほとんどは寺が所有しているという矛盾点が生じ、神式で葬儀を行った人たちを葬る場所がありませんでした。

また、当時はキリスト教も無くなった教徒を埋葬する墓地を持っておらず、亡くなった人を葬る新しい墓地を必要としていました。

そこで、1872年に明治政府が「神葬墓地」を作り、その後東京都の管理下に置かれた際に宗教の枠が外され、「どんな宗教の人でも眠ることができる公営霊園」となりました。

染井霊園と言う名前になったのは、1935年の事になります。

染井霊園の近くにはたくさんのお寺があり、そのため「染井霊園に眠っていないのに、染井霊園に眠っているとされてしまうことがある著名人」も居ます。

谷崎潤一郎(小説家・『細雪』が有名)、芥川龍之介(小説家・『くもの糸』が有名)などがそれで、近くにある慈眼寺に葬られているにも関わらず、染井墓地に埋葬されていると勘違いされていることが度々ある。

埋葬されている著名人には、「くたばってしまえ」と言う台詞からペンネームを思いついたという「二葉亭四迷」、「智恵子抄」で有名な「高村光太郎」など、著名な人物がたくさんいます。

近くの寺院に埋葬されている著名人のお墓と一緒に、お参りをしてみたいものです。

また、桜の「ソメイヨシノ」はこの染井が発祥の地で、この事から、染井霊園には100本のソメイヨシノが植えられています。

シーズンになると見事に咲き誇る桜を見ることができるので、多くの人が訪れて桜を愛でていきます。

桜を愛でながら故人を偲ぶことができる染井霊園、歴史に触れてみたいと考えている方は、是非訪れてみてはいかがでしょうか。

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